トライ式高等学院オフィシャルブログ
宮城 仙台校ブログ記事
2015年7月30日
仙台校ブログ
仙台校の菊谷です。
早速ですが、次の問題をやってみるか、ちょっくら眺めてみましょう。
問1・wildernessの下線部と同じ音をもつ語を次の①〜④の中から一つ選びなさい。 ①children ②theme ③triumph ④hive (センター改)
正解は、①のchildren[tʃíldrən]です。child(「赤子・胎児、子供」)の複数形で、ox-oxen(「雄牛(達)」)同様、-s複数形をとらないいわゆる「不規則変化」する名詞として知られています。一方、wilderness[wíldɚnəs|‐də‐](「荒野・荒れ地」)は、形容詞のwild[wάɪld](「野生の、野蛮・未開な」)から派生した抽象名詞ですが、wise-wisdom(聡明な、知恵・知識)と同じく、派生にともなう変化によって本来長音だった「i[ai]」が短音の「i[i]」へと変化したという点で発音・アクセント問題における最重要語の一つです。短長の「i」は、byte[bάɪt]あるいはmyth[míθ]のように「y」と綴られる点にも注目しましょう。
他の下線部の②③④についても見てみましょう。②のtheme[θí:m](「主題・テーマ」)は、長音の「e[i:]」、③のtriumph[trάɪəmf](「勝利・功績、打ち負かす」)は、④hive[hάɪv](「養蜂箱」)と共に、同じく長音の「i[ai]」であり、設問全体を通して、母音字の種類ないし長・短とを識別できるかが要求されています。一方的な単なる問いかけではなく、視点を変えればとてもやりがいのある問題と言えるでしょう。
さてさて、唐突に「母音字」「短音」「長音」という言葉がずらずら出てきて、戸惑うかたもいるかもしれません。「母音字」とは、母音を表記する文字のことで、5つのアルファベットで示される「一字綴り(単母音字)」の系統(a・e・i(y)・o・u)と、「a-・e-・o-」という三母音字にさらに単母音字が連なる「二字綴り(二重母音字)」の系統(a-:au(aw)・ai(ay)、e-:ee・ea・eu(ew)・ei(ey)、o-:oo・oa・ou(ow)・oi(oy))とに区別できます。おのおの-rが後続することで、さまざまなヴァリエーションの母音表記が可能になります。
アクセントがつく母音は、一般的に「短音」と「長音」に区分されます。たとえば1字綴りの場合だと、「a・e・i・o・u」と表記される音が、実際の発音上は、短音の「[æ]・[e]・[i]・[a | ɔ]・[ʌ]」のグループと、長音の「[ei]・[i:]・[ai][ou][ju:]」のグループに分けられる、ということです。いったいぜんたいなにがなんやら、という感じですが、単母音字の場合は長音が「アルファベット読み」である、と言い換えれば、ちょっとは分かり易いかもしれません。
こうした母音の短長は、綴り字の組み合わせからなる規則によって決定されます。たとえば「一字綴りの母音字+子音字+e」の場合、語末の-eが消失し、直前にくる母音字が「アルファベット読み」となる規則:magic-eをもっています。mad-made、hop-hope、cut-cuteなどの母音の変化をみればこの規則はすぐにわかりますよね。magic-eのように、最後が母音で終わる音節は「開音節」と呼ばれ、長音化する傾向にあります。問1の②④の下線部は、まさしくこの「開音節長音化」の規則にのっとった事例と言えます。
一方で、「短音化」の規則としては、1)3つの子音字が後続する場合、2)-nd・-nt・-ldを例外とする2つの子音字が後続する場合、3)-nd(t)・-ld(t)・-st・-gh(-ght)からなる語末の直前に強勢つき母音字がきた場合は、いずれも短母音が先行する傾向にあります。4)重字音字の直前の強勢つき母音字、語末から数えて3つ目にきた母音字は、どちらも短くなります。こうした短音化の規則にあてはまるのが、①のchildren(規則1)ならびに、③のwilderness(規則4)というわけです。
それでは、おさらいも兼ねて、もう1問検討してみましょう。
問2・wideの下線部と異なる音をもつ語を次の①〜⑤の中から一つ選びなさい。 ①wilderness ②winding ③tide ④sigh ⑤child (立正大改)
正解はもちろん、短母音[i]をもった①ですね。wide[wάɪd](「幅広い、多岐にわたって」)の長母音[ai]と同様に、②winding[wάɪndɪŋ](「曲がりくねった」)、③tide[tάɪd](「潮汐、時流」)、④のsigh[sάɪ](「ため息をつく」)、⑤のchild[tʃάɪld]という他の選択肢を検討すれば、②⑤が、短音化規則2の例外規定(-nd・-nt・-ldの直前は、例外的に長・二重母音)、wide・③がmagic-e、④は、-ghが黙字であることにくわえて、短音化規則3の例外規定によって[ai]となる、ということが綴り字の規則によって判断できます。
しかしながら、childの「i[ai]」については、childrenの「i[i]」とあわせて、ちょっとしたひみつがあります。「-nd・-nt・-ld長音化」が成立する9世紀以前の英語圏では、childの「i」はchildrenと同じく、短い[i]でした。9世紀以降、gold[góuld]と同じく-ldの長音化によって短母音の[i]が一度[i:]へと変わり、15〜19世紀に起きた「大母音推移(great-vowel-shift)」によって、最終的に[ai]に推移したと考えられています。
「大母音推移」とは、連鎖反応的に生じた大規模な母音変化で、当時[i:]をもっていた母音はすべて[ai]へと変化しました。find、likeもchildと同じ過程を辿ったと思われます。一方、childrenの場合は、9世紀はcild(=child)の後ろに複数語尾の-ruがくっついた「cildru」というかたちであり、短音化規則の1の適用によって短母音の[i]が維持された結果、母音の推移は起きずに[i]がそのまま維持されたと推定されます。
二つの過去問を目印に、さまざまな規則をぐるりと進んで、ようやく「childrenのひみつ」の入口へと辿り着きました。発音のなぞはいったんこれで解決しそうですが、もう一つ、接尾辞・-renに関わる疑問が残されています。
そういえば、「不規則変化」に関係する品詞がいくつか実際に数えてみたことはありますか?一般には、動詞、形容詞・副詞、名詞の4つが挙げられるでしょう。「補充法(suppletion)」の機能によって、不規則動詞のwentや比較のbetter-bestなど一部の「不規則変化」が形成されたこと、「不規則」と呼ばれる集団が、かつては存在しやがて淘汰されていった古い規則に基づく語彙のあつまりであることは、すでに「wentのなぞ」で扱いましたね。名詞についても同様で-s複数形と異なる複数形変化もまた、失われた古い法則にのっとったもの、と言えます。
複数の接尾辞をめぐる歴史的な経緯をざっくり纏めれば、初期の段階においては、強弱、性・数・格に応じて、1)-as・-u・-a・-e・-anというさまざまな種類があり、中期になって、活用接尾辞の母音が次第に「e」へと統一されていくにつれて、2)-es・-e・-e・-e・-enの段階へと進み、最終的には、3)-es > -sに統合されていきました。
childrenの変化に当て嵌めると、つまりは、本来単複同形だったcildが、初期の段階において-ruという接尾辞がくっつきcildruというかたちになり、そののち接尾の-uが弱まり-eへと変化する段階になって、語頭のc[tʃ]をch-と綴るようになったときに、複数語尾の-rがすでにあるにも関わらず、類推作用(analogy)によって、複数の接尾辞-enをさらに末尾に重ねてしまった結果、ようやくわれわれが知るところの「children」になったのだ、と推定できるでしょう。
複数形の不規則変化については、man-men、foot-feetの変化だけでなくblood[blˈʌd]-bleed[blí:d]のような名詞・動詞の変化に介在する「みえざる「i」」:i-mutation(i-母音変異)の存在についても忘れるわけにはいきません。そうそう、鋭いかたはもうお気づきでしょうが、childrenのかたちは、-r(u)と-enという二つの複数語尾をあわせもつ特殊な「二重複数形(double-plural)」に分類されます。
「childrenのひみつ」、いかがだったでしょうか?ことばをきざみこむ「綴り字」の背後には発音を規定し決定するさまざまな規則があり、身近な言葉のなかに規則性のひみつを解明する手掛りが潜む、というわけですね。
ところで、childはもともと「胎児」という意味をもっており、最古形の*kilth-とあわせて古くから子宮となんらかの関係があったことは、ゲルマン語の古いかたちを遺しているゴート語にkilthei(子宮)という言葉があり、子宮と関わる痕跡として指摘されています。このことはchild に当たるドイツ語の「kind[ˈkɪnt]」と、英語の「kin[kín](血族・血縁)」および「kind[kάɪnd](家族、種・種族)」とがおのおのつながっていることからも補強されます。childrenのもとになったchildそのものが孕むさらなる「ひみつ」は、wentの「なぞ」と同じく、まだまだ奥が深そうです。